「健康のために必要なことは?」と問われたら、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。 野菜の豊富な食事、毎日の運動、お酒を飲みすぎないことなど、こうした日々の生活習慣が真っ先に挙がるかと思います。

健康のために、これらを意識して日々努力されている方も多いはずです。しかし、仕事や家事、育児に追われる毎日の中で、個人の力だけでこれらを継続することは、決して容易ではではありません 。

実は今、世界中で「健康は本人の努力だけでなく、周りの環境や社会のあり方によって決まる」という考え方が注目されています。これは専門用語で「健康の社会的決定要因」と呼ばれます。

今回は、私たちが暮らす「まち」の環境や「人のつながり」が、心身の健康にどのように関わっているのか、最新の科学的知見を交えてご紹介します。

 

1.データが語る「まち」の環境と健康の関係

私たちが住んでいる場所が健康にどう影響するかについて、複数の地域データを比較した興味深い研究があります。

①緑の多さがもたらすこころの健康

緑を見ていると心が落ち着いて穏やかな気持ちになるものですが、住んでいる地域に緑が多いことは、高齢者のメンタルヘルスにも良い影響を与えることがわかっています。2021年に千葉大学のチームが65歳以上の高齢者126,878人を対象に行った調査では、緑地の面積が多い地域で暮らす方は、緑地の面積が少ない地域で暮らす方に比べて、うつ症状が見られる割合が約10%少ないことがわかりました。

②まちの歩きやすさと認知症

歩くことの健康上のメリットはたくさんありますが、歩道が整備されていて歩きやすい環境があるかどうかも、地域の人々の健康に影響を与えそうです。2021年に東京科学大学のチームが65歳以上の高齢者76,053人を対象に、住んでいる地域の歩道が整備されているかどうかと、その地域に住む人々の認知症リスクを調べています[資料2]。その結果、歩道面積が多い地域に住む人々は、歩道面積が少ない地域に住む人々と比べて、認知症リスクが約49%低いことがわかりました。

これらの研究から、どんな「まち」に住んでいるかは、人々の行動や内面の変化を通じて健康に影響を与えているのではないか、ということが想像されます。

 

2.ひとのつながりと健康

住んでいるまちの物理的な環境だけでなく、私たちが日常を過ごすうえで欠かせない人と人とのつながりもまた、健康と関連しているようです。

③社会的孤立・孤独感と健康状態

近年、人と人とのつながりが健康に与える影響が注目されています。特に、人と会う回数や何らかの活動に参加する回数が少ない「社会的孤立」や、主観的につながりが不足して寂しいと感じている「孤独感」が、健康状態と関係していることが数々の研究で報告されています。例えば、2016年に行われた複数の報告データをまとめた研究では、「社会的孤立」や「孤独感」は、心筋梗塞などの発症が約29%、脳卒中の発症が約32%増加する可能があることが報告されています[資料3]。また、2023年の研究では、世界中から90個の研究結果をまとめたところ、「社会的孤立」や「孤独感」のある状態では早世のリスクが上がる可能性を示しています[資料4]。

④専門家に相談できるつながりとメンタルヘルス

女性にとって特に心強い事例が、横浜市で行われた研究です。妊娠中や産後は、からだやこころに大きな変化を生じ、不安が高まりやすい時期と言われています。この時期にサポートが得られる環境はとても大事ですよね。2023年に東京大学・京都大学の研究者らが報告した研究では、自分のスマートフォンで産婦人科や小児科の専門医と夜間に相談できる環境を提供したところ、そのような環境がない女性と比べて、産後うつ症状がある方が約3分の2に減少したようです[資料5]。相談したいときに専門家とつながれて相談できる環境を整えることの重要性が伺えます。

 

3.住んでいる「まち」や「ひとのつながり」の重要性

これまで健康づくりといえば、食事・運動・睡眠といった「個人の生活習慣」が注目されてきました。しかし数多くのデータは、私たちが日々暮らす「生活環境」そのものもまた、知らず知らずのうちに私たちの行動やからだの内面を変化させ、健康状態を決める要因となっていることを示しています。

このように、まちの環境やひとのつながり、職場環境や教育システム、文化や制度など、私たちを取り巻く社会のあらゆる要素が実は私たちの健康を決めているという考え方が、「健康の社会的決定要因」と呼ばれるものです。例えば、過剰な残業やハラスメントのない職場環境、ゴミの落ちていないきれいな公園なども、健康づくりに影響を与えているのかもしれません。

この視点から考えると、健康づくりは個人の努力だけではどうにもならない部分も存在します。だからこそ、地域を住みやすい場所にしていくこと、地域のつながりを構築・維持していくことなど、関わる人がみんなで一緒に健康になれるまちをつくりあげることが今後ますます必要になってくるかもしれません。

 

まとめ:みんなの健康を支える「まち」へ

WHO(世界保健機関)は、健康を「身体的、精神的、そして社会的に完全に良好な状態」と定義しています。 病気ではないというだけでなく、日々の生活の中で心地よい居場所があり、誰かとつながりを感じられること。これもまた、健康の重要な一要素です。

健康の社会的決定要因は、日本の健康づくりの大きな方針である「健康日本21」でも重要視されています。生活習慣の改善や生活習慣病の予防はもちろん個人でできることとして大切ですが、実は「自然に健康になれる環境づくり」や「社会とのつながり・こころの健康の維持向上」などは、健康寿命を伸ばすための土台に位置づけられています。

地域の公園を増やしたり歩道を作ることは難しくても、例えば

行政と住民とが手を取り合って、誰もが「自然に健康になれる」まちづくりを目指し、できることを考えていきたいですね。

 

参考文献

  1. 一般社団法人日本老年学的評価研究機構プレスリリース. 2021 年4月16日.
    https://www.jages.net/library/pressrelease/?action=cabinet_action_main_download&block_id=3849&room_id=549&cabinet_id=234&file_id=9379&upload_id=12186
  2. 東京医科歯科大学プレスリリース. 2021年3月10日.
    https://www.chiba-u.ac.jp/about/files/pdf/20210310walk.pdf

  3.  Valtorta NK, et al. Heart. 2016;102:1009-16.
    https://heart.bmj.com/content/102/13/1009
     
  4.  Wang F, et al. Nat Hum Behav. 2023 Jun 19.
    https://www.nature.com/articles/s41562-023-01617-6